一人暮らしを始めて1週間と少し経った頃、
彼と2人で出かけた出先、彼の尿瓶がないことに気がついた。
尿瓶がないと、彼は外で排泄ができない。
彼の新居に戻って、排泄をさせる時間はないけれど
尿瓶を取りに帰る時間なら、なんとかありそうだった。
急いで車をUターンさせ、
彼の自宅へ車を走らせる。
「待ってて、すぐ戻るから」
彼を車の後部座席に残し、私は駆け出した。
息せききって、4階の彼の部屋に駆け込む。
ヘルパーさんが整えてくれている彼の新居は、
引っ越した時と同じくらい綺麗だ。
彼の寝室にかかっている、いつもの尿瓶バックに手を入れ、気がついた。
この尿瓶、洗ってない。
一人暮らしを始めた時、ヘルパーの皆さんへの共有事項として、
「必ず尿瓶は使用したら洗ってください。」
と伝えていた。
「もう一度共有しなくちゃ。」
私は新しい新品の尿瓶を押し入れから引っ張り出しながら、そう思った。
そして数時間後、彼の自宅へ送り届けた。
そこで今夜お世話になるヘルパーさんと合流した。
私は早速忘れないうちと、
「使用済みの尿瓶が洗われておらず、
カバンに入れっぱなしになっていました。
使用したら必ず洗って欲しいという事を再度ヘルパーの皆さんへ共有をお願いします。」とお伝えをした。
伝えながら、何かが私の中で燻っていた。
でもその時の私にはそれが何かは分からなかった。
そして次の日。
ふと明け方私は思った。
亮夏は、、、、、伝えて欲しかったのだろうか。と。
亮夏は、どう思っていたのだろう。
私はもしかして、大きな間違いをしたんじゃないか。
そう思うと居ても立っても居られず、
彼の家に駆け込んだ。
「亮夏、尿瓶の件やけど、あれもしかして本当は言ってほしくなかった?」
階段を駆け上がったからか、
私は肩で息を整えながら座位保持椅子に座る彼にたずねた。
彼は静かに私の目を見て、こう言った。
「言ってほしく、なかった」
と。
彼は、自分の暮らしを自分で作るために家を出た。
わかっていたはずなのに、
私は彼が、彼の暮らしを自ら作るきっかけを、土足で踏み込んで、壊してしまっていた。
「ごめん。」
彼に謝った。
彼は「うん」と静かに言った。
「聞かせて。もしもまた、私が何か気がついたことがあったら、亮夏には言っていいの?亮夏にも言わないほうがいいの?」
彼はすぐにこう答えた。
「言わないほうがいい」
「じゃあ、ヘルパーの皆さんが
気づかなかったらどうするの?」
「待つ。」
「待っても気がつかなかったら?」
きっと彼なら、こう言う。
その言葉を私は知っていたのに、聞かずにはいられなかった。
「伝える。」
「伝わらなかったら?」
「何回も、伝える」
ああ、そうだよね。
君ならそうゆうと思ったよ。
「ごめんね。出過ぎたことして、ごめん。」
亮夏に謝り、LINEグループを開いた。
ヘルパーの皆様へお詫びと共にこう打った。
「亮夏に謝りました。
皆様には引き続きお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。
初めての子供の送り出し、私も手探りの中本当に皆様に助けていただいております。
また亮夏本人も皆様と共に生きていこう、生きて行きたいと決めています。
どうぞ引き続き彼をよろしくお願いします。」
そう打って、携帯を閉じた。
子離れしてると思ってたけどなぁ。。
まだまだ、彼の親として甘かった。
彼のまっすぐな目を思い出しながら、小さく一つため息をついた。